クリストフ・ニーマン

クリストフ・ニーマン: あなたはこの言語の上級者―しかもそれに気づいてさえいない

私達は気づかないうちに画像の言語を使いこなしている、とイラストレーターのクリストフ・ニーマンは語ります。この愉快なトークでは、機知に富み、一風変わった絵がたくさん出てきます。芸術家はいかにして言葉を使わずに受け手の感情や知性を活用するのか、ニーマンが面白可笑しい視覚のツアーに私たちを連れ出してくれます。

Translated by Yumi Urushihara
Reviewed by Midori T

私は芸術家です 芸術家は世の中で 最も素晴らしい仕事です 皆さんを本当に 気の毒に思っています 新しい銀河の探索に 人生を費やすハメになった方や 人類を地球温暖化から 救わなきゃならない方をね

(笑)

でも芸術家は 気が遠くなるような 仕事でもあります 私は毎日 9時から6時まで こう過ごしています

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更には 創作プロセスでの苦労について ただただ不平を言うという 副業も始めてしまいました

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しかし今日は 私にとって 問題となっているものではなく 役に立っているものについて 話したいと思います それはつまり 皆さんが 言語だと気づいていない ある言語を 使いこなしているということ それは 画像の言語です このような画像を読み解くには かなりの知的努力を要しますが 誰に教わったわけでもないのに 皆さんにはわかるんです

大学、ショッピング、音楽 言語に説得力が生まれるのは 複雑な概念を とてもシンプルで 効率的な形で 伝えることができた時です 今の言葉と 全く同じ概念を表した図です しかし 例えば 角帽を見た際に これが表すのは 卒業証書を渡される時に 頭にかぶる飾りのことではなく 大学という概念全体だと察知します さて 絵はイメージを 伝えることができるだけでなく 感情に訴えることもできます 例えば 見知らぬ土地で これを見たとしましょう きっと幸せと安堵を 感じるでしょう

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あるいは 多少の不安か 完全なパニック状態でしょうか

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幸せに満ちた 安らぎと静けさかもしれません

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しかし 画像はもちろん 単なる図のアイコンではありません 例えば 現代社会での葛藤について 伝えたい場合 私ならまず 飛行機で 2座席に1つしかない肘掛けをめぐり 争っている2つの肘を 題材にします 面白いのが これには普遍的法則があって 肘掛けの争いは 30秒で決着がつき 一旦決まったら そのフライト中は ずっとその人のものです

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さて 民間会社の航空便では このようなことがたくさんあります もし 不快感の概念について 表現するとしたら このネックピローの絵が ぴったりです 快適さを目的として デザインされていますが―

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うまくいっていません

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だから 私は飛行機では寝ません たまに 痛みを伴った 昏睡状態に陥りますけどね そこから目覚めた時は 口の中でとても嫌な味がします 言葉ではとても表せないほど 不快な味なのですが 絵に描くことはできます

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実は 私は寝ることが好きなんです そして寝る時は 添い寝が好きです 私は ほぼプロの領域になるまで 20年近く添い寝してきました しかし それでも 私にはどうしても分かりません 下になった腕をどうするべきか

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そして唯一 飛行機の中で寝るよりも 睡眠がややこしくなるのは 幼い子供がいる時です 朝4時くらいにベッドに来て こんな嘘の言い訳をします 「こわい夢を見ちゃった」

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もちろん 自分の子供なので 可哀そうに思い ベッドに 入れてあげるでしょう 最初は とても可愛くて 暖かくて心地よいというのは認めますが 再び眠りについた途端に どういうわけか―

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回転を始めます

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ヘリコプターモードと 名付けましょう

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さて 人の意識に刻まれている印象が 強ければ強いほど 感情に訴えるのに必要になる情報量が 少なくて済みます

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このようなイメージ画が成り立つのは 読み手である私達が 空白を埋めることに 非常に長けているからです 絵画では 空白を活用する という考え方があります 物そのものを描く代わりに その周辺の空間を 描くというものです この絵では お椀の中身は空白ですが 黒いインクが 空白に食べ物を 投影するよう脳に働きかけてきます 今ここで見えているのは 飛んでいるフクロウではありません 実際は くだらない絵の上に立っている― 2つの単3電池です 机のランプを上下に動かして 命を吹き込んでいます

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イメージというものは 実に 頭の中にしか存在しないのです そんなイメージを湧かせるために 必要な情報量とは? 私の芸術家としてのゴールは それをできるだけ少量にすることです 私が追究する シンプルさとは あと1つでも要素を取り除いたら 絵のコンセプトそのものが 成り立たなくなるほどです だから 芸術家として個人的に 気に入っている手法は抽象化です 私は「抽象化ものさし」と名付けた 仕組みを思いつきました 次のように機能します まずシンボルです 何でも良いですが 例えばハートと矢なら 大半の人が愛のシンボルと 解釈するでしょう 私は芸術家なので これを描くのに 写実寄りにするか抽象寄りにするか 自由自在に調節できます 写実的にしすぎると 皆さんの気分を害してしまうだけでしょう

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反対側に行きすぎて 抽象化しすぎると 何を見ているのか 誰にも 分からなくなってしまいます だから この中で最適な度合いを 探さなくてはなりません この場合では 中間あたりでしょう さて 画像をシンプル化することで 様々な連想が可能になります それにより 完全に新しい切り口から 物語を伝えることができます

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私が好きなのは かけ離れた文化圏からイメージを集め 1つにすることです 使う材料として もっと大胆なものを選べば

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もっと遊ぶこともできます しかしもちろん やり過ぎると ぼんやりした作品になってしまい ついてこれない方が 出てくるでしょう デザイナーとして絶対に大事なのは 自分の作品を見る人のー 視覚・文化的な読解力を よく理解することです この画像は アテネでの オリンピックを題材にしていますが 『ザ・ニューヨーカー』の読者は ギリシャ美術が何となくわかるはず という前提で作りました そうでなければ この画像は理解されません しかし わかる人には 細部の工夫が響くかもしれません 花瓶の下の方にある ビール缶の模様とかね

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言葉を得意とする 雑誌の編集者たちと 何度も議論してきましたが 彼らは 皆さん読者が持つ— 絵図から理解を飛躍させる力を 過小評価しています また 唯一不満に感じるのは 無難そうな 使い古された ありきたりのビジュアルを 何かにつけて作らせようと してくることです ほら ビジネスマンが梯子を上ると 梯子が動いて 株式市場の グラフに姿を変えるヤツとか とりあえず$マークを つけとけばいいから とか

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もし皆さんの中に 編集の責任者がいらっしゃったら 1つ言わせて下さい このような絵が 出版される度に パンダの赤ちゃんが死にます

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本当です

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ありふれたビジュアルを 使っていい時と悪い時の判断は 難しいものです 本当に 状況によります 2011年 日本で 地震と津波が起きた時 表紙をどうしようか 考えていて 古典的なシンボルを 色々検討しました 日本の国旗や 絵画の最高峰の1つである 北斎の『神奈川沖浪裏』です しかし状況が変わりました 福島の原発問題が 手に負えない状態になったのです 防護服に身を包んだ 労働者が現地を歩く姿を テレビで見たのを覚えています そこで印象的だったのは 情景の静かさと穏やかさです だから 私は静かな大災害の イメージ画を作りたいと思いました そして思いついたのが こちらです

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ありがとうございます

(拍手)

皆さん読者に「あっ!」と閃く体験を してもらいたいのです しかし残念ながら 制作時に私も 同じ体験をしているという わけではありません 私が机に向かっている時 よく言う「頭の上に電球が出る」 といったことは起こりません 実際には 遅々たる歩みで デザインの変更をちまちま繰り返す という泥臭い作業です そして 運が良ければ 良いアイデアが生まれます

ある日 私は電車に乗っていて 窓についた水滴のー 図式的な法則を解読しようと していました ついには分かりました 「ああ ぼやけた背景が 水滴の中で逆さまになり 鮮明に写っているんだ」と これはおもしろいぞ!と思いました それをどう使うかは 全く考え付きませんでした その後 ニューヨークに戻り ブルックリン橋の上で渋滞に 巻き込まれている絵を描きました とても嫌なものですが なんだか詩的でもあります 後でやっと気づきました この2つのアイデアを組み合わせ こんな風に表現できるぞと 私が目指しているのは 写実的な情景を見せることではなく

おそらく詩のようなもので 皆さんが既に持っているイメージを 私がたった今 掘り出したことで このイメージをずっと持っていたんだと 自覚してもらうことです しかし 詩と同じで これはとても繊細な作業です 効率的でもなく 量れるわけでもありません おそらく芸術家にとって 最も大切なスキルは 共感力に違いありません 技術と

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創造力がなければ―

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ありがとう— このようなイメージは 思いつきません しかし そこで少し距離を置き 自分の作品を読者の視点から 見る必要があります

私は 良き観察者となることで 良き芸術家になろうとしてきました そのために始めた自分用の練習が 「日曜日のスケッチ」です 日曜日に 家の中で見つけた物を 手当たり次第 題材にして 元々の用途とは 全く関係ないアイデアが 閃かないか試すというものです 通常は 長い間 何も思いつきません 最終的にアイデアが思いつく 唯一のコツは 頭の中を覗き込み 貯めこんだ全てのイメージを確認し ピンとくるものがないか 探すことです ピンとくれば インクを使って いくつかの線を繋げ この一瞬の閃きを閉じ込めます

そこからの大きな学びは 奇跡そのものは 紙の上では 起きないということです 見る人の頭の中で 起こるのです 皆さんの期待や知識が 私の作品意図と交わった時です 皆さんの画像との関わり合い— つまり画像を解し 疑問を持ち 苛立ちや退屈さを感じたり 感銘を受けるという 皆さんの能力は 私の芸術面での貢献と 同じくらい重要です なぜなら それこそが 作品のメッセージを 創造性のある対話に 変えてくれるからです 皆さんの 画像を読むスキルは 素晴らしいだけでなく 私のアートを可能に してくれているのです それゆえに 皆さんにとても 感謝しています

(拍手)

(歓声)

ありがとうございました

(拍手)